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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)3912号 判決

原告 川野信男 外三名

被告 川野貞二

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(主位的請求)

1 原告らと被告との間で、昭和三六年八月二四日訴外亡川野良太郎の遺産の分割についてした協議は無効であることを確認する。

2 被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の土地につき東京法務局○○出張所昭和三六年一一月一一日受付第二七七九四号相続を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

(予備的請求)

被告は原告らに対し、別紙物件目録記載の土地につき東京法務局○○出張所昭和三六年一一月一一日受付第二七七九四号相続を原因とする所有権移転登記を、別紙目録のとおり更正登記手続をせよ。

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

(主位的請求)

一  請求の原因

1 訴外亡川野良太郎(以下亡良太郎という)は、昭和三六年八月二四日死亡し、その相続人は子である原告ら、被告及び三男訴外亡川野新(昭和五一年四月一九日死亡。以下亡新という)並びに妻である訴外亡川野コト(昭和五二年五月一四日死亡。以下亡コトという)の七名であつた。

2 ところで、亡良太郎は、東京都杉並区○○町に広範囲な土地を所有する地主であつたが、これらの土地を将来にわたつて散逸させることなく、いわば川野家を代々に繁栄させる意思を生前妻亡コトや子らの親族にもらしており、同時に親戚筋にあたる訴外上田亮一を何かと頼りにして、同訴外人を生前から自己の財産の管理人として財産の管理のみならず、運用・処分を委せており、自己の死後も前記川野家繁栄の趣旨に従つて訴外上田が継続して財産管理人の職務を遂行することを期待し、原告ら、被告、妻亡コトらの者に対し、かかる自己の遺志を履践するように命じていた。

3 原告ら、被告及び故コトならびに訴外上田らは、故良太郎の死後同人の遺志を実現させるのにもつとも適切な遺産分割の方法を模索し、協議した結果、被告が生来知能が低く、正常な思考力と判断能力を持たない者であり、自らの手で収入を得ることができないこと、従つて一旦長男である被告に大部分の遺産を相続させて、財産管理能力のない被告に代つて、同人の財産を管理するのみか運用・処分をして川野家を繁栄させるいわば旧い家督相続のよい面を取り入れた形で、訴外上田を財産管理人に任命するのが得策であるとの結論に達し、かかる内容を被告が履行することを条件として昭和三六年八月二四日別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を含む亡良太郎の遺産の大部分を被告に相続させる旨の遺産分割の協議を成立させた。

4 訴外上田は前項の遺産分割協議に従つて、早速本件土地を含む亡良太郎の土地建物の名義を被告名義に登記を経由し、その後貸地の地代徴収・期間の更新の管理業務は勿論借地人との立退交渉・立退料の支払い、更にはマンションの建設などの川野家に資する財産の管理運用業務を遂行し、被告もこれによつて生計を維持し、訴外上田に感謝の気持を常々表していた。

5 ところが、被告は昭和四〇年に妻佐知子と婚姻して以来、前記遺産分割協議の趣旨や条件を無視し、これを履行しない態度に出ることが多くなつた。即ち被告の妻佐知子は被告と婚姻後、訴外山下元行と情を通じ、山下の教唆により被告の財産を横領せんと謀かり、小切手の無断で振出しなどの違法行為に出たので訴外上田は被告に対し、妻佐知子と訴外山下との関係を教えるのと同時に、妻佐知子の言いなりにならないように注意監督した。しかしこれを機に被告は訴外上田を疎んじるようになつたばかりか、妻佐知子のためには川野家の財産を散逸し、川野家を倒産させてもよいと公言し、昭和四九年ころから訴外上田が前記遺産分割協議の趣旨・条件に従つて財産管理行為を遂行するのを妨害し、あまつさえ訴外上田が行つた行為の無効を訴訟に於いて主張する迄に至つた。最近では、杉並区○○○の土地や○○町の土地を売却するなどの浪費行為をしている。

6 原告らは被告に対し、再三にわたつて本件遺産分割協議の条件通り訴外上田に従前通り財産管理行為を実施させるよう請求したが、被告は全くこれに応じようとしなかつた。

そこで原告らは被告に対し、被告が訴外上田の管理行為を妨げたことを理由として、本訴状をもつて本件遺産分割協議を解除する旨の意思表示をなし、右訴状は昭和五四年五月一一日被告に到達した。(なお、亡新は昭和五一年四月一九日妻富子と同時死亡し、亡新の相続人は母亡コト唯一人であつたが、亡コトも昭和五二年五月一四日死亡し、同人の相続人はその子である原告ら及び被告だけである)

7 よつて原告らは被告に対し、債務不履行を理由とする契約解除による本件遺産分割協議の無効確認を求め、あわせて主位的請求の趣旨記載のとおり本件土地につきなされている所有権移転登記の抹消登記手続をなすよう求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求原因第1項は認める。

2 同第2項のうち、亡良太郎が杉並区○○を中心に広範に土地を所有していた事実は認め、その余は争う。

3 同第3項のうち、昭和三六年八月二四日付をもつて、被告、原告ら及び亡コト間で亡良太郎の遺産につき、その大部分を被告が相続する旨の分割協議が成立したことは認め、その余は争う。

4 同第4項のうち、本件土地を含む亡良太郎の遺産につき、被告名義に相続登記がなされたこと及び訴外上田が被告所有の土地、建物の保全、管理を行なつていたことがあることは認め、その余は争う。

5 同第5項は争う。被告と訴外上田との間で紛争が生ずるに至つた原因は、訴外上田が被告の財産を無断で費消し、多額の損害を被告に与えたことによるものである。

6 同第6、第7項は争う。

三  被告の主張

遺産分割の合意は、遺産分割そのものを目的としたいわゆる処分契約としてその性質上合意解除を除くその余の理由による解除は出来ないと解すべきであるから、債務不履行による遺産分割協議の解除を主張するのは主張自体失当である。

四  被告の主張に対する原告の反論

単に処分行為であるが故に解除できないとする見解は、処分行為である更改も契約である以上法定解除ができるとする判例(大判昭和三・三・一〇)によつて否定されている。他方、遺産分割協議は一種の契約であり、民法の財産法上の規定が適用され、法定解除を認めることによつて生じる第三者に対する不測の損害は、民法五四五条一項但書によつて解消される。

(予備的主張)

一  請求の原因

1 原告らは、昭和三六年八月二四日、原告らの父の遺志を尊重し川野家の財産を散逸させないことを目的とし、原告ら四名、亡新、母コトら相続人が有する相続分を被告に信託的に譲渡した。

2 右信託譲渡契約締結にあたり、原告らは訴外上田亮一に対し、被告が信託的譲渡を受けたすべての財産につき包括的かつ永続的な管理処分を委せたことを条件とし、被告は右条件につき了承した。

3 従つて原告らは、被告に対し、原告らの相続分につき信託的に譲渡したのであつて、内部的にも外部的にも右持分について所有権が移転しているわけではない。

4 ところが主位的請求原因第5項記載のとおり、被告において、同人の妻の財産横領行為を放置したり、川野家の財産を散逸させてもよいなどと公言して、右信託譲渡契約の目的に違反した外、被告のかかる行為を厳重に注意した訴外上田亮一の財産管理行為の遂行を妨害し、事実上不能に至らしめ、右信託的譲渡契約の条件にも違反した。

5 原告らは、昭和五五年一二月二三日の本件口頭弁論期日において、信託的譲渡契約違反を理由として、右昭和三六年八月二四日に締結された信託的譲渡契約を解除した。

よつて原告らは被告に対し、その法定相続分に従い本件土地につき予備的請求の趣旨記載のとおり更正登記をなすよう求める。

二  請求の原因に対する認否

すべて争う。

第三証拠

原告は甲第一、第二号証を提出し、被告は甲号各証の成立はすべて認めると述べた。

理由

一( 主位的請求について)

亡良太郎(昭和三六年八月二四日死亡)の遺産につき、その相続人である妻亡コト(昭和五二年五月一四日死亡)、子亡新(昭和五一年四月一九日死亡)、原告ら及び被告との間において、昭和三六年八月二四日遺産分割協議が成立したことは当事者間に争いがない。

そこで、遺産分割協議につき、相手方が債務不履行であることを理由として解除することが許されるか否かについて検討するに、契約解除の制度は、等価交換関係にある当事者間の法律関係を規律する取引法の分野において、相手方が債務不履行の場合、自己が相手方に対し拘束されている反対給付の債務から解放され、他に新たに取引先を求めることを可能ならしめることにあり、遺産分割の場合は、これらの要請を考慮する必要はなく、相手方に債務不履行があつたとしても専ら分割の内容を実現することのみを図れば足りるといえ、また、解除を認めた場合の効果は問題とされた分割協議の効力を否定して改めて再分割を行わせることにあるが、一部の共同相続人の債務不履行を理由にたやすくいつたん成立した分割の効力を否定するのは分割の安定性を害し、第三者に不測の損害をかけるおそれがあること等を勘案すれば、結局、遺産分割協議につき法定解除することは許されないと解するのが相当である。

よつて、その余を判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。

二 (予備的請求について)

原告らは、被告が亡良太郎の遺産を大部分相続する結果になつたのは、川野家の財産を散逸させないことを目的として、原告らが有する相続分を被告に信託的に譲渡したからである旨主張するが、成立に争いのない甲第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告ら及び被告間に成立した昭和三六年八月二四日の合意は遺産分割協議そのものと解するのが相当であり、信託譲渡契約とは認められないから、その余の点につき判断するまでもなく原告の予備的主張は理由がない。

三 以上によれば、原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 古川行男)

別紙物件目録〈省略〉

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